俺が中学一年生の時の忘れ難い思い出。

中学に上がって見知らぬ顔が増え、新しいクラスで誰もが気の合いそうな相手を探していた4月、クラスメイトに金持ちの坊ちゃんがいて、そいつの家に遊びに行くことになった。

家に入り、そいつと共にシャンデリアの垂れた広い居間のテーブルに腰掛けるとまもなく母親が入ってきて、俺の人生において未だ忘れ得ない鮮烈な一言を放った。

「紅茶はレモンとブランデーのどっちにします?」

内心で、

「中学生にブランデーはアカンやろ...」

と突っ込みつつ、

「レモンでお願いします」

と、つい常識的に答えてしまった。

俺は未だにあの時「ブランデー!」と答えれば良かったと後悔している。

今思えば簡易版イングリッシュティーとでも呼べたようなカップケーキとキュウリだけのサンドイッチ、それにチョコレートと紅茶が盆に乗って出てきた。

オヤツの領域を完全に凌駕したその豪華さに圧倒されながらも俺の内心では全く別の思いがあった。

というのも、

「紅茶はレモンとブランデーのどっちにします?」

の一言に、俺は人生で初めて大人の男として扱われた喜びを感じていた。

美しい女性であったので余計に嬉しかったのだろう。

今の時代、よその家の子供にお菓子をあげただけでもクレームが来かねないし、ましてやアルコールを出すなどとんでも無い話だが、俺の子供時代にはこのようなエピソードが出る心の余裕がまだ社会には残っていた。

その母親にしてみればただの数滴香り漬けのつもりであったのかもしれないが、なんともさばけた女性であったと今もって思う。

あの日確かに俺の心は初めて大人の領域に踏み込んだのだ。

実に良い思い出であるので、いつか俺に子供ができて家に友達が遊びに来るようになれば、紅茶はレモンかブランデーかを必ず尋ねるよう妻に言い含めるつもりでいたが、未だ独身である。